short design6/9”First impact"-Day moon-

互いに言えなかった本音を答え合わせしていると、卓さんの苦労を感じられなかった私の幼さや、私以上に苦しい思いをしていたのにエゴを押し付けなかった卓さんの優しさを感じさせられた。


出会ったのは4歳の春。おとなしい私は教室の隅っこでひとりで本を読んでいた。先生に依存することもなく、友達を作ろうと絡むこともなく、ひとり誰かを待つようにずっとずっと教室の隅っこでひとり本を読んでいた。

卓さんはそんな私をその頃から見つめてくれていたそうだ。私が卓さんに恋をするずっとずっと前だった。

小学校に進学して、私たちの関係性は高学年になってガラッと変わった。

卓さんの人気がグンと上がった。モテる男の子になった。きっかけは運動ができたことだ。私たちのクラスはクラスで課外活動に取り組んでいた。その中で卓さんはキャッチャーのようなかっこいいポジションを獲得していた。私が卓さんが気になり始めたのはこの頃だった気がする。

私はこの頃から難病の兆候を見せ始めていた。顔に発疹ができて、名古屋の病院まで半年に一回通院するようになっていた。もちろん学校を休んだ。


小学校5年生になってYくんが奇しくも愛知県から転校してきた。都会風の賢そうな男の子の登場にクラス中が少し浮足だった。お父さんの名前が「昌宏」さんだったからTOKIOの松岡くんと同じ名前じゃん!とかなんとか言って絡んでいったことを思い出す。

私もすぐに仲良くなれた。知的な会話が楽しかったからだ。


中学に進学した。私は卓さんと同じクラスになった。嬉しかった。

出席番号の席順で左隣の男の子が教会員の息子さんだなんて知らずにこの子と一番最初に仲良くなった。Kくんという。すぐ前の席には同じ小学校のあのYくんがいてくれたおかげもある。このKくんが教会員の息子さんだと知ったのは少し後になってのことだった。

卓さんは反対側のひとつ前の席にいた。あまり会話もできなかった。なんだか後ろから呼びつけるのも気が引けて斜め後ろから痛い視線を送っていた、「こっち向いて!」と。


中学2年生の時に登山があった。バスが隣り合った。座席表を見て卓さんはにっこりして独り言をいったことを私は見逃さなかった「ああ、なんだ、めぐみさんの隣ならいいや」と。

普段そういうことに関して良いとか悪いとか一切言及しない卓さんの「めぐみさんの隣ならいいや」は私を有頂天にさせた。

登山は大嫌いだったけれど、登山に行こうと思った。バスが卓さんの隣なら。

ああ、そうだ、あの時、同じ班だったのが卓さんとYくんとKくんだった。

バスの中、私は楽しみにしていたのに卓さんはほとんど話してくれなかった。リュックの中身を整理していたら懐中電灯をおもむろに何も言わず自分のカバンに入れたから、「え?持って行ってくれるの?」と聞いたら頷くだけで、山頂のヒュッテではわざわざ男子部屋まで行く羽目になった。かなり恥ずかしかった。高山病になっていたから、、、


中学3年生になる直前の春休み、私はついに入院した。修学旅行も行けなかった。入院生活は約2ヶ月。入院生活を終えて5月、学校に復帰すると卓さんの態度は変わっていた。

色々思う節はあったからショックだった。

あの時から私たちはすれ違っていた、私はそう思っていた。


少し話は戻るが、中学2年生の時に東京からYちゃんという女の子が転校してきた。小柄で明るくて可愛い、それでいて真面目で忍耐強い女の子でみんなはすぐに恋をした。私もご多聞に漏れず、彼女をすぐに好きになった。


中学を卒業して、大人になってYちゃんと再会したら同じクラスのマッキーと付き合っていることを教えてもらった。マッキーは卓さんやYくんと同じ野球部でいつも一緒にいる印象があったからよく覚えていた。すごく意外だったけれど、Yちゃんはとても人気のある子ですでに同級生で3人ほど撃沈していたことを考えればなんとなく納得ができた。ちなみにYちゃんも当時モラハラ男に泣かされていて、その苦境を救ってくれたのがマッキーだった。


「俺はめぐみさんを4歳から好きだったんだよ!?俺がめぐみさんに認知されたのはおよそ10歳の頃。めぐみさんは同時に次々に病気になるし、どう向き合ったらいいのかわからなかった。好きな気持ちだけあってもめぐみさんを幸せにできるわけじゃないから」

なんと未来的思考だったのかと私は自分が恥ずかしくなった。フラれたと思い込んで余計な恋愛をたくさんしてきてしまったなあと申し訳なくなった。


卒業文集も私との思い出ばかり書いている。


「中学を卒業した後の俺のこと聞きたい?」。

まず小学校からの同級生Yくんに相談したそうだ。するとすぐに協力してくれた。教会関係ということでKくんにも連絡した。これもまたすぐに協力してくれた。このKくんとマッキーは大人になっても仲良くしていたから、マッキーにも声をかけた。

「Yちゃんがめぐみさんと仲良いらしい」。朗報だったそうだ。私の親友といえばNちゃんとHさんという認知が一般的だったから。無論、当時すでにYちゃんとマッキーは恋人同志だった。


父の会社にも入社してみたという。確かに社報に卓さんがいて、父と大笑いしたことは闘病生活に入る直前だったからよく覚えている。

あらゆる手を尽くしてくれた。私と再会するために。


たまたま私は病気になってしまった。子どもだった卓さんにはできることは限られていて、私を一旦親に預けたのだそうだ。「俺の出番は今じゃないって思ったってこと?」そう聞くと苦笑いしていた。

笑い転げた中学校の日々を思い出す。卓さんも私も同じ熱量で楽しかったのだと答え合わせをした。ああ、だからあの日々は今も燦然と輝いているのだと思った。後少し、もう少しでお互いに手が届く!!あの直前の高揚感に今は悔しさが付随している。

私は卓さんに抱かれながら誓った、「2度と離れない」。


Six cornerstones met again.

I remember our sunshine days.

I didn't know your love when is started. I didn't understand your deep love to me.

Mega building built from six cornerstones is name of "Kids".


[Do you remember when we used to be them happy kids?]

we grew up from "them happy kids " to "our happy kids".

We grew up "ours",but we still having"ours".  long time ago to happy kids forever!!!!!!!



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