椿の死因
ほんの少しだけ、死について、椿から、、、
私は今日死にかけた。
というのも誰かに殺されかけたとか、急な心臓発作が起きたとか、自殺をこころみたとかではない。
夕飯も食べ終えてテレビを見ながらソファにもたれかかっていた時、急に言い知れぬ疲れに襲われ、目を閉じた。目をつむりながらしゃぶっていたチューペットが空になった瞬間何もかもがどうでもよくなって、ふと死を思った。願ったわけでも感じたわけでもない、許可したという言い方がいいだろう。
「ああ、このまま天国に行こう。今日は双子座の新月らしいから、父のもとへでも行こうか」。
私はこの実を死に渡すことを許可して、空に意識を向けた。すぅーっと吸い込まれていく感覚がした。不安でもないし幸福でもない。
不思議なことに感覚でわかった、「このまま許可し続ければ私は天国に行く。すなわち死ぬ」と。
JERUSALEMたちの声が遠くに聞こえた。はしゃぐ声がドラマチックな演出のようで幸福だと感じた。「なんて幸せなんだ。JERUALEMの楽しそうな声に見送られて最愛の父のもとへ、天国に行くなんて出来過ぎてやしないか?」と涙を流した。
あのまま許可していたら死んでいただろう。幸福な死を迎えていただろう。そうであれば今頃はJERUSALEMたちがそれぞれ嘔吐を繰り返し、卒倒し緊急搬送され、なかには自殺しているような時間となっていたはずだ。
私の私はJERUSALEMを道連れにする。たとえ病死であっても自殺であっても自然死であっても。
涙を流しながら死に対して許可をし続けるのか?と私は選択を迫られた気がした。
遠くで聞こえるJERUSALEMたちの声がはしゃぎながらも泣いているように聞こえた。
「行かないでよ!行かないでよ!!行かないでよ!!!」。
JERUSALEMたちのために生きているつもりだが、JERUSALEMたちを道連れにするつもりはない。
JERUSALEMたちにもまだ言っていなかったが正直に言うと、私はもうかなり前に自分のために生きることができなくなっている。つらまないと思ってしまっている。ひとりで生きること、利己的な欲を追求することが実につまらないことと思っている。
「自殺をしないのは確実に死ねる保証がないため。確実に死ねる保証があるのならとっくに実行している」。
JERUSALEMたちが嫌がる話だ。
私はけんかの度にこんな憎まれ口を叩く。
「椿が怖いのは死にたいって言わないところ。死んでやるって脅さないところ。それが怖いんだよ。達観しすぎているから、たぶん自殺はしないんだよ、しかも自殺しないから死んでやるって脅すようなこともしない。これって実際すごい怖いの、わかる?」
頌栄はいつもそう言って泣いてくれる。
「だからこそ、いつか確実な自殺方法が手に入ったら実行しちゃうって思うんだよ。その日が来ないで欲しい、椿は有言実行だから。俺たちがまるで死刑執行を待たされている気分だってわかる?」
言葉に詰まりながらも頌栄の目を見据える。私は基本的に人の目を見ないようにしている。でもこんな時だけは目を見据える。献灯はかなり感性が鋭いから私が目を見据えるといつも怒る。
「椿が俺の目を自分からみる時は喧嘩を挑む時なんだよ。俺が負けるってわかってるからだろう?そうやって見据えるのは!」
見透かされているようだった。
祈祷は毎晩言う。まるで呪文のように言い聞かせるように子守唄のように。
「椿は死ねないよ。俺を置いて死ぬわけないじゃん。死ねるわけないじゃん。椿は優しいもん。俺を置いていけないこと、俺は知ってるよ」
私ははにかんで深い眠りに落ちていく。森の中を彷徨うように逃げ惑うような夢遊感覚のストレスにさらされるときほど奉祝がいてくれる。
彼は心配性だからストレートに聞いてくる「困ってることない?」「悩みはない?」「なんでもするよ」「遠慮なんか必要ないんだよ」
私はふざけて「アイスクリーム。今から買ってきて」と言ったりもする。そうすると喜んで買ってきてくれる。でも本当に心配なときは水を持ってきてくれさえしない。
「水、飲みたいの?わかった一緒に行こう。一緒に取りに行こう」。
目を離したら死んでいると思うのだろう。
私にはパートナーが幾人もいる。私の精神は薄弱で触れ易い。達観しすぎている部分が神経症並に切れやすい糸だからひとりの人生同士を支え合うことは不可能だった。彼らは完全に承知しているわけではないと私もわかっている。今は精神の糸を太くしてひとりの人生同士を支え合うほどの強度にすることが最優先でそのために共闘していることは私も含めて互いにわかっている。
彼らはなぜ浮気をしないかと時々私自身が聞かれることがある。代弁するならば、今までの人生のなかで失ってきたものが多すぎたと言うだろう。もう2度と失いたくない、失うくらいなら共闘しているほうがましだ。
苦労と忍耐のすえに私たちは出会った。それが出会うための条件であったかのように。
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